70年に及ぶ髪のコンプレックスは終わり
22年12月に抗がん剤治療を終えた山下さん(70歳)は、ショートのグレイヘアで、颯爽と待ち合わせ場所に現れた。
「乳がんと告知されたその日に、頭皮冷却療法のことも知りました。費用がかかるので息子に相談しましたが、背中を押してくれて。人の印象って、ヘアスタイルに大きく左右されるところがあるでしょう。髪にはこだわりたかったんです」
山下さんは、乳がんに罹ったことを妹や親友にも話していない。
「病気というのは厄介なものですよね。心配されすぎても、こちらが不安になる。逆に、自分が思うような心配をしてくれないと、それはそれで苛立つ。余計なことを考えないためにも、子どもたち以外、誰にも言わないと決めたんです」
抗がん剤投与から2週間目に脱毛が始まり、2ヵ月ほどすると、2~3割の毛髪が抜けた。
「友人との食事会の際には、帽子をかぶって前髪だけ出すようなスタイルにしたので、最後まで周囲にはまったく気づかれませんでした。その後、すぐに発毛しましたし、ウィッグは一度も使っていないんですよ」
ふんわりとウェーブしたグレイヘアは美しく、山下さんにとてもよく似合っている。ずっとそのヘアスタイルだったのかと思いきや、治療直前まで真っ黒なロングヘアだったという。
「子どものころから天然パーマで、髪質が長年のコンプレックスだったんです。だから頻繁な縮毛矯正と、白髪になってからはヘアカラーが欠かせませんでした。ただ抗がん剤治療中は白髪染めができないのでそのままにしたら、意外とこのヘアスタイルがしっくりきて。若いときは気になった天然パーマも、この髪色ならちょうどいい。ありのままの自分を受け入れられるようになったのは、頭皮冷却療法に挑戦したからこそ、と思っています」