採寸して作る専用キャップ(右)。内蔵されたパイプを通じて冷却液が還流する。左は、キャップを密着させるためのシリコン製のヘッドギア

 

帽子もウィッグもなしで出勤できた

前出の田村医長は、「乳がんと診断した段階で、抗がん剤を使用することになるかどうか、ある程度わかるので、可能性のある方には最初から抗がん剤の説明とともに頭皮冷却療法の紹介をしています。治療代の目安や治療に伴う大変さについてもお話ししますが、当院の患者さんは約半数の方が希望します」と話す。看護師の長岡優紀子さんも、まず頭皮冷却療法の存在を知ってもらうことが大切だと考えている。

「治療を受ける、受けないは患者さんの自由。ただ、頭皮冷却という選択肢があることを知ってほしいです。最初から選択肢がなく髪が抜けていくのと、納得したうえで抜けるのとでは違うと思いますから」

虎の門病院では、治療の初回に専用キャップ(9万4050円)を患者が購入。これと別に、装置の使用料として1回1万5400円がかかる。抗がん剤投与の回数に応じて、15万5650円(4回)から34万450円(最大16回)が治療代の目安となるだろう。

幸田信子さん(仮名・62歳)は、田村医長から「抗がん剤の副作用自体はそこまできついものではないけれど、2~4週間ほどで完全脱毛します」と聞き、声も出ないくらい驚いたと話す。

「私にとっては、脱毛こそが一番きつい副作用だと感じた。だからそれを防ぐ方法があるなら、ぜひ挑戦したいと思いました」

筆者が幸田さんにお会いしたのは、化学療法終了から1年2ヵ月後のことだった。驚くことに、肩にかかる豊かな髪はすべて地毛だという。

抗がん剤によって完全脱毛すると、元の髪質や長さに戻るまでに数年を要する。早くても1年はかかるのが一般的だ。3年経っても髪の状態が元通りにならないケースも多く、薄毛、脱毛、白髪、くせ毛といった悩みを抱える人が4割に上るという報告もある。

「頭皮冷却療法を受けても、髪は抜けることは抜けます。ただ私はもともと毛量が多めなので、違和感が出るほどではなかったんです。帽子もウィッグも使わずに出勤することができました」

抗がん剤投与が終わってから1ヵ月後にはほぼ元の毛量に。根元の白髪が目立ったものの、頭皮の炎症やかぶれを考慮してカラーリングは我慢しなければならない。しばらくの間は、白髪隠しのパウダーで凌いだという。しかし抗がん剤治療中に白髪染めを気にするなど、普通は考えられない悩みだ。