詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「パフェ、サバラン、バタークリーム」。熊本の老舗洋菓子屋「スイス」で販売されている緑の銀紙に包まれたケーキは、伊藤さんにとって忘れられない味で――。(文・写真=伊藤比呂美さん)

こういう年明けなので、のどかな話をします。パフェの話だ。孫たちは結局、ろくなパフェを食べないまま、熊本から関西のおじいちゃん(あたしの元夫、カノコの父)のところへ行った(本誌2月号参照)。

引き継いだ元夫は若い頃からケーキやアイスに目がない男で、かれらを神戸のモロゾフに連れていって豪勢なパフェを食べさせ、またどこかに連れていって豪勢なワッフルだプリンアラモードだということで、あたしの心の中ではじいちゃんにしてやられた悔しさにパフェ熱が昂じていたわけです。

年の暮れの忙しい頃、地元の若者から、パフェなら「スイス」という老舗の洋菓子屋がうまいという情報を得た。あたしはなんとかパフェ熱を鎮めようと、たまたま東京から来ていた友人を伴って「スイス」に行った。

そりゃおいしかったです。

友人はティラミスパフェ。何層にもなったティラミスは、ほろ苦いココア粉に、なめらかなチーズクリームにアイスに、さくさくの焼き菓子、天辺にマカロンがどかん。

あたしはチョコレートパフェ。

これが食べ物というより思い出でして。

子どもの頃、父と二人で外出してチョコレートパフェを食べた。その前に洋食屋でハンバーグというときもあったし、登亭で鰻丼というときもあった。でも必ず締めにチョコレートパフェ。「おとうさんの味」ですよ。だから68になっても、チョコレートパフェ、おいしかった。夢中で食べた。しかし食べ終わって、ふと思い出したことがある。