この店には、前にも来たことがあったのだった。30年以上前の記憶だ。ケーキ好きの元夫と子どもたちもいっしょだった。そしてそのとき、あたしは不思議なものを食べた。ショーケースの中に緑の銀紙に包まれた謎のケーキがあり、正体が見えず、あたしは好奇心から、それを注文したのだった。
あのときの驚きは忘れられない。驚きは忘れられないが、どんな味だったか、それを思い出せない。おいしすぎて驚いたのではないことだけはたしかである。
なんとそれが今も、時空を超えたように、店内のショーケースに緑の銀紙に包まれて並んでいた。人気ケーキらしく、贈り物用のつめあわせもあった。その緑色の不変性に目をつかまれて、あたしはつい、追加注文しちゃったのである。
緑の銀紙に包まれた、ずっしりひんやりするものがしずしずと運ばれてきて、あたしたちはそれを開いた。
ビジュアルは、ひと口でいえば、東京の新正堂の切腹最中。ケーキが、あんなふうに、ぱっくり口(腹)をあけて、中にずっしりとクリームがつめこんである。
ケーキ生地は洋酒でしみしみ。クリームはバタークリームでこてこて。アルコール度はかなり高く、運転して帰れるのか、帰っていいのかと一瞬考えたほど。
その名も「リキュールマロン」、クリームに刻んだ栗が入ってるからマロンなのだ。60年代に開店したこの店の「創業当時から製法を変えていない」とHPに豪語してあるケーキなのであったった。
あまり驚いたので、「スイス」のあのケーキ知ってる? と熊本ネイティブの友人たちに聞いてみた。すると、人々の反応がすごかった。「あのケーキ、大好き」「名前を覚えられなくて緑ちゃんと呼んでた、緑ちゃん大好きだった」「しばらく食べてないなあ、おいしかったなあ」「あら、空港で売ってるよ」等々、いやー熱烈だった。