そこにあるのは「優しさ」だけではない

佐藤 この話の「陰の主人公」は、まさに帽子屋さんですよね。彼が、店に来たのが人間ではないとわかっていたにもかかわらず、子狐を追い返したりせずに手袋を売ったことで、狐の人に対する見方が変わったわけです。

池上 ただ、今読み返してみると、単純に「優しい人」だったのかどうかは、大いに疑問だと思うのです。小学生の頃は、純粋にそう思ってやっていたんだけれど、考えてみると、彼はしっかり対価を受け取っているんですよね。(笑)

『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』(著:池上彰・佐藤優/中央公論新社)

佐藤 そうですね。勇気を振り絞ってやって来た子狐に、「はいよ」とあげたわけではありません。

池上 身も蓋もない言い方をすれば、儲かるのならば、売る相手は誰でもよかったということなのです。

佐藤 恐ろしいのは人間ではなくて、その場で完結している「商品経済の論理」かもしれません。事実、帽子屋さんは、買いに来たのが狐だとわかると、木の葉で騙し取ろうとしているんだと勘ぐって、「先にお金を下さい」と露骨な催促をするわけです。

池上 そうそう。(笑)

佐藤 子狐が、握ってきた二つの白銅貨を渡すと、カチカチやって本物の硬貨であることを確認し、ならばと手袋を売った。

逆に、人間の子どもがお金を持たないでやって来て、「手が冷たくて仕方ないから、手袋をください」とお願いしても、売り物は渡さなかったでしょう。金を持っている狐のほうが、持っていない人間よりも上だ。

池上 新自由主義以前の古典的な資本主義経済の論理が、見事に貫徹されている。(笑)