母の独白が教えるもの

佐藤 ここで、さすがに生きている時間の長いお母さん狐は違うと思わせるのは、1回の体験で「人間はいい生き物だ」と決めつけた子狐に対して、彼女は必ずしもそうではないのですね。

「手袋を買いに」は、母子のこんなやり取りで終わります。

「母ちゃん、人間ってちっとも恐かないや」

「どうして?」

「坊、間違えてほんとうのお手々出しちゃったの。でも帽子屋さん、掴まえやしなかったもの。ちゃんとこんないい暖い手袋くれたもの」

と言って手袋のはまった両手をパンパンやって見せました。

お母さん狐は、「まあ!」とあきれましたが、「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやきました。(「手袋を買いに」新美南吉)

池上「身も蓋もない言い方をすれば、儲かるのならば、売る相手は誰でもよかったということなのです」(写真提供:Photo AC)

お母さん狐は、最後に「いいものかしら」という反語を繰り返しています。

かつて自らが追い掛け回された経験にも照らして、1回や2回親切にされたからといって、人間を甘くみてはいけない。

池上 家に帰ってから、子狐にそういう話を言って聞かせるのかもしれません。