書き過ぎないこと
佐藤 文学作品としてみた場合にも、このお母さん狐の独白によって、物語にぐっと奥行きが生まれています。
池上 そうですね。「人間は、とってもいいものでした」では、あまりにも平板なもので終わってしまいますから。
佐藤 めでたし、めでたしで終わらせていないところが、新美南吉の力なんですね。
池上 逆に、子狐にお説教するところまでは書いていません。
佐藤 そうです。書き過ぎもしていない。なのに、短い母親の独り言は、これから子狐が生きていく中で起こり得ることまで想像させるわけです。
これは、我々ノンフィクションを手掛ける人間も心すべきことで、人に何か伝えようと思ったら、書き過ぎないことが大事です。一種の余韻を残したほうが、実は深く伝わることがあるわけです。
池上 狐からすると、自分たちを追い回す怖い人間。とりあえずお金を持っていけば、差別しないで物を売ってくれる優しい人間。そういう二面性というか、多様性が描き出された作品でもあります。
※本稿は、『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』(著:池上彰・佐藤優/中央公論新社)
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