「氏子は、氏神さまを信仰する人たちのことだ。もともとは氏子が神社を作って神様を祀ってたんだな。村の鎮守さまとかさ……。だから、今でも多くの神社は、氏子の寄進なんかで経費をまかなっているわけだ」
 永神が補足する。
「厄払いや家を建てるときのご祈祷で収入を得ているが、名も無い地域の神社じゃそんなに収入はない」
「へえ……」
 阿岐本が言う。
「おおざっぱに言えばさ、寺は坊さんのものだが、神社は氏子のものなんだ」
「でも……」
 日村は尋ねた。「神社の土地とか建物の権利は、神職が持っているんでしょう?」
「現代ではそういうことになっているな」
 永神が言った。「だが、神職の好き勝手にはできねえんだ。なんせ、アニキが言ったように、本来神社は氏子のものだからな」
 阿岐本が訊いた。
「最近じゃ、境内にマンションを建てる神社もあるって聞いたことがあるが、そういうときも氏子の意見を聞くわけだな」
「個別に話をしていちゃたいへんなんで、そういうときは、氏子総代が氏子の意見を取りまとめるらしい」
「氏子総代? 氏子の代表だね?」
「ああ。氏子寄合なんかで選ばれるらしいが……」
「駒吉神社の氏子総代は誰なんだい?」
「不在らしい」
「不在?」
「ああ。長いことつとめていた人が亡くなって以来、その座は空席のようだ」
「ふうん……」
 阿岐本は日村のほうに眼を向けて言った。「真吉に、その辺のことも調べるように言っておけ」
「はい」
 永神が尋ねた。
「真吉? 地元で何か調べさせるのか?」
「駒吉神社の神主さんが、地元のスナックに通っているっていうんでね……」
「まさか、強請(ゆす)りのネタでも探そうっていうんじゃないだろうな」
「おめえじゃあるまいし」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。俺はビジネスマンだよ」
「俺はね、神主さんを心配してるんだよ」
「わかった。俺は引き続き、神社のことを調べてみる」
「ああ、頼むよ」
 

 

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