電話では虐待被害の状況は掴めない

冒頭に記した美輝ちゃんの事件に話を戻す。母親の志保容疑者は、美輝ちゃんの出産直前の2018年12月に、「精神的に不安定で支援が必要な特定妊婦」と児相に判断されていた。産後2ヵ月で衣類に火を付けた件を鑑みても、志保容疑者に長期的ケアが必要だったのは明白である。

2022年9月から11月にかけては、美輝ちゃんの右頬に青たん、左目脇に黄色い痣など、複数の外傷が保育所側から報告されている。家庭訪問で志保容疑者は対応を拒否しており、父親の健一容疑者が電話で「問題はない」と述べていたという。

虐待被害当事者の感覚から言わせてもらえれば、「電話」のみで被害状況を知ることは不可能だ。大人は多弁で、さらりと嘘をつく。子どもに恐怖を植えつけ、「転んだと言え」「問題はないと言え」と強いるケースも多い。被害を訴えて一時的に保護されたとしても、家庭に戻されれば、さらに酷い目に遭うかもしれない。その可能性がゼロではない以上、大概の子どもは口をつぐむ。

目の動き、話し方、挙動、衣服の状態、身体の発達、親を見る子どもの視線、子どもを見る親の目線、室内の状況。それらは、電話ではうかがい知れない。本件において、児相だけに責任を覆い被せるのではなく、児相が持つ法的効力の見直しなど、問題の根本に向き合う必要がある。

精神的に不安定な人=危険な人、という誤認は避けたい。ただ、各人の症状や状況によって、適切な支援が必要な人はいる。志保容疑者が、健一容疑者が、なぜ一線を超えてしまったのか。背景を知ることが、新たな被害を減らす一助になるかもしれない。だが、美輝ちゃんの人生は、「誰かを救うための人柱」ではなかったはずだ。美輝ちゃんは、生きたかったはずだ。愛されたかったはずだ。そのことを、私たち大人は決して忘れてはならない。