言語の音として聞き分けることはできない

図表5*2は、母親の身体の外で90デシベルだった音が、子宮や胎児の内耳に届くまでのあいだにどれだけ弱まるかを、周波数レベルごとに示したものです。

ハキハキした話し方で会話するときの声の強さが65~75デシベルであることを考えると、“聞こえる”強さで胎児に伝わるのは、周波数が400ヘルツ以下の音であると考えられます。

(『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』より)

男性の声の高さは平均125ヘルツ、女性の声の高さは平均220ヘルツなどと言われます。ですから、胎内の赤ちゃんに、大人たちの声は“聞こえる”ということです。

ただし、125ヘルツとか220ヘルツというのは、あくまで声の土台の部分の高さです。話す声が言語の音として聞こえるのは、その土台にもっと高い周波数帯の音が同時に重なって聞こえるからです。

400ヘルツ以下の音しか伝わらないとすれば、それはもう言語の音として聞き分けることはできません。声の上がり下がりやリズムなどはわかるけれど、何を言っているかはよくわからない、という音です。胎児が聞いている話しことばとは、そのような音なのです。

さらに、母親の身体のなかでは血流音や心音、内臓が活動する音などの低い音も響いています。低い音は外界から伝わりやすいと言っても、それはそれで、母親の身体のなかの音にかなりかき消されてしまうのです。

以上を考え合わせると、胎児が聞いている言語とは、分厚い壁の向こうから聞こえてくる何を言っているかはよくわからない話し声、あるいは、走行音がうるさい電車のなかでのよく聞き取れない会話、といったところでしょう。

実際、うるさい電車のなかにいて、何を言っているかははっきり聞こえないのに、その話し方のリズムを聞いて、「ああ、これは日本語じゃないな」などと思ったことはないでしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんが聞き分けているのも、そのような言語のリズムだと考えられるのです。