93歳のとき、妻が90で亡くなり、しばらく伊豆の家で一人暮らしをしていました。孤独な生活を送らなくてはいけませんでしたが、その孤独な思いのなかから生まれてきた歌もたくさんあります。
歌というのは、孤独や悲しみ、喜び、憧れなど、人として生きていくうえでのあらゆる感情を凝縮させる器ですから。
夢に顕(た)つ 女人高野(にょにんこうや)の春の塔。そこ過ぎてゆく― 妻のたましひ
95歳のときに受けたインタビューでは、毎日、30首は詠むと答えたようですね。今もまぁ、そのくらいは詠んでいると思います。日記をつけるようなもので、文章で日記を書く代わりに、短歌の形で書いているわけです。歌を詠むことが体に染みついているので、自然と歌が出てくる感じですね。
たとえば最近の歌ですと、こんなものがあります。
己が身のほろぶる日まで詠みつがむ。しらべすがしきやまと言の葉
97歳のときには、今まで詠んだ歌8000首を収録した本(『岡野弘彦全歌集』)が出版されました。できあがったら広辞苑みたいに分厚くて、本当に重い(笑)。そうか、一生かかってこれだけの歌を作ったのかと思い、ちょっと感慨深かったですね。