「歌というのは、日本人にとって心の大事な部分とつながっているし、抒情的な思いをたった三十一文字で表現できる楽しみでもある」

「調べ」によって心が響き合う

歌の力というのは、たいしたものです。『万葉集』の時代、つまり1500年前の人の思いも、今読んでもすーっと伝わってくるわけですから。

あの時代、天皇から庶民に至るまで、恋をするときも、別れのつらさも、あるいは命をかけて何かをやらなくてはいけないときも、その思いを歌に託したわけです。そして、歌を通して相手の気持ちを察したり、心を通い合わせることもできた。

ちょっと大げさな言い方をすると、五七五七七という短歌の形に心を凝縮するのは、日本人の内的生活を支えてきた伝統だし、すばらしい抒情生活のあり方だと思います。

最近は口語で歌を詠む方も増えているようですね。それも時代の流れでしょうし、短歌を身近に感じ、興味を抱く人が増えるのはいいことだと思います。ただ私は、やはり文語の言葉の調べが歌の強みのひとつだと思っています。

もともと和歌は、朗詠といって声に出して詠んだものです。その際、調べはとても大事なんですね。声で伝えて、声で返してもらう。すると胸から流れ出るような感じで相手に響くわけです。

だから戦争のときも、あるいは運命を託さなければならないような大事な局面でも、歌にし、声に出して、大事なことを伝え合えたのでしょう。

歌というのは、日本人にとって心の大事な部分とつながっているし、抒情的な思いをたった三十一文字で表現できる楽しみでもある。短歌がなかったら、日本文化はよほど違った形になっていただろうと思います。