なぜ赤ちゃんの目は顔のような物体を追いかけるのか

この方法を使って、イタリアの研究者のグループは、顔の目や口といったパーツの向きを変えたり、上下をひっくり返したりした奇妙な顔の画像をいろいろとつくり、新生児に見せて、その注視時間を比較しました(*4)(図2)。

すると、正立した顔を倒立した顔よりも長く見ることがわかりました(同図左)。この正立した顔を長く見る傾向は、目と鼻を90度回転させた変な顔でも、はっきりと現れました(同図中央)。

さらに、同じ正立した顔であれば、自然な顔でも、目や鼻を90度回転させた変な顔でも、新生児の眺める時間に違いはありませんでした(同図右)。

この研究結果からは、新生児は顔の細かい部分は見ておらず、縦長の楕円の中で逆三角形の位置に物体がある図を好んで見るということがわかります。

<図2>選好注視法を使い、2 つのさまざまな顔の図を見る時間を比べた研究
Cassia, V. M., Turati, C. & Simion, F. Can a Nonspecific Bias Toward Top-Heavy Patterns Explain Newborns' Face Preference? Psychological Science 15, 379-383(2004)をもとに作成(画像はViola Cassia 氏提供)

確かに、新生児の視力は、とても悪いのです。およそ0.01~0.02程度ではないかと推定されています。

そのため、かなりピンボケした顔しか見えていないはずで、上の方に暗い場所が2ヵ所あり、下の中央に横長の暗い場所がある、という程度の情報をもとに、その物体を追いかけて見る仕組みが生得的にそなわっているのだと考えられています。

そして、生得的に顔のような物体を追いかけることで、顔の情報が積極的に入ってくるようになり、顔の認識能力を発達させていくのだと考えられているのです。

<参考文献>
*1_ Fantz, R. L. Pattern Vision in Newborn Infants. Science 140, 296-297,doi:10.1126/science.140.3564.296(1963).
*2_ Goren, C. C., Sarty, M. & Wu, P. Y. Visual following and pattern discrimination of face-like stimuli by newborn infants. Pediatrics 56, 544-549(1975).
*3_ Johnson, M. H., Dziurawiec, S., Ellis, H. & Morton, J. Newborns’ preferential tracking of face-like stimuli and its subsequent decline. Cognition 40, 1-19,doi:10.1016/0010-0277(91)90045-6(1991)
*4_ Cassia, V. M., Turati, C. & Simion, F. Can a Nonspecific Bias Toward Top-Heavy Patterns Explain Newborns’ Face Preference? Psychol Sci 15, 379-383, doi:10.1111/j.0956-7976.2004.00688.x(2004)

 

※本稿は、『顔に取り憑かれた脳』(講談社)の一部を再編集したものです。


顔に取り憑かれた脳』(著:中野珠実/講談社)

デジタル時代の今、ネット上は過度に加工された顔であふれている。これはテクノロジーの急速な発展がもたらした、新たな現代病なのかもしれない――なぜ、人間は“理想の顔”に取り憑かれるのだろうか。そのカギとなる「脳の働き」に最新科学で迫る。そこから浮かび上がってきたのは、他者と自分をつなぐ上での顔の重要性と、それを支える脳の多様で複雑な機能の存在だった。

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