赤ちゃんと同じペースで言葉を学ぼうとしたお父さんでしたがーー(写真提供:Photo AC)
「子どもはラクラクとことばを覚えられてうらやましい」「幼い時から外国語に触れていたら、今頃はバイリンガルになれたのに…」。いずれも「ことばの学習」についてよく耳にする一言です。一方「赤ちゃん研究員」の力を借りて、人がことばを学ぶプロセスを明らかにしてきた東京大学の針生悦子先生は「赤ちゃんだってことばを覚えるのに苦労している」と断言します。その無垢な笑顔の裏で、実は必死にことばを学んでいた…あなたは信じられるでしょうか? 書籍『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』をもとにした本連載で、赤ちゃんのけなげな努力に迫ってまいりましょう。

子どものペースで言葉を覚えようとした父親の話

私がちょっと気に入っている、こんなエピソードがあります*1。

ある父親がドイツ語を覚えなければならなくなったとき、その子どもは1歳の誕生日を迎えるところでした。そこで父親は考えたのです。

まだ言語を話さないこの子も、あと2、3年もすれば、流暢に日本語を話すようになるだろう。ということは、自分もこの子の日本語と一緒にドイツ語を覚えていけば、2、3年で日常生活に困らないドイツ語が身につくということだ。

そうして始めてみると、初めのうち、子どもが話す単語は「マンマ(食べる)」と「ママ(お母さん)」から、なかなか増えていきません。それで父親の方も、「エッセン(食べる)」と「ムッタア(母)」だけ覚えて悠々としていました。

ところが、しばらくすると、子どもが話すことのできる単語の数は急に爆発的な勢いで増え始めます。と思ったら、子どもはそれらの単語をつなげて文まで話すようになり、さらには、話せる文の種類もどんどん増えていきます。

こうなると、父親はもう子どものペースについていくことができません。そして子どもが3歳になったとき、父親のドイツ語は、子どもの話す流暢な日本語に、まったく歯がたたなかったのです。