「ちゃんとした人間」とは
そして、このような視点をもっているからこそ、ぼくは「武士が登場するドラマ」が好きなのです。
たとえば『鎌倉殿の13人』の主役でもあった鎌倉武士。
彼らは、良くも悪くも自らの地元(平将門なら関東地方、三浦氏なら三浦半島)の庶民と関連をもつ(良くも悪くも、と二度書いたのは、庶民にとって武士は、迷惑な存在だったろうなあ、と思っているから)。戦国大名の優勝劣敗の動きも、各地方、各地域の動向と密接な関係性をもっている。だから、大河ドラマに向いている。
一方で、平安貴族はどれくらい社会の動向と連動していたのか。
まもなくドラマでも描かれると思いますが、紫式部のお父さんである藤原為時は越前守(現在で言えば、福井県知事でしょうか)となります。そのため、紫式部も越前市で1年か2年、生活していたそう。
でもおそらく、その他の期間は京都で生活していた。そうした事情もあってか、『源氏物語』に庶民は描かれていません。
そしてそれは、決して紫式部だけが悪い、というわけではまったくなく、清少納言だって『枕草子』に、「庶民のばっちい家に、無垢で美しい雪が降っている。『にげなし』(分不相応である)」と今なら大炎上必至の感想をごく当然のように書いています。
『デイリー新潮』に掲載された古典エッセイスト・大塚ひかりさんの記事(『「人はみんな平等」なんて大ウソ! 大河ドラマでも注目『源氏物語』の世界の厳しすぎる身分制度』)によれば、『源氏物語』などの文学作品に頻出する「数ならぬ身」(取るに足らない存在である私)という言葉は、もっぱら国司層が用いている。つまり、県知事レベルですらちっぽけな存在であって、「ちゃんとした人間」は国司以上の中央貴族に限定される…といった意識が共有されていたとのこと。
繰り返しとなりますが、だからといって、文学としての『源氏物語』の価値をいささかも下げるものではありません。
たった何年か前の日本社会がセクハラ・パワハラまみれ(現在では少なくとも、それはいけないよね、という認識が共有されています)であったように、人間の意識というものは時代によって変動していくのが当然です。
ただ、どうも平安時代後期から鎌倉時代中期までの貴族には、「私たちは社会のリーダーだ。だから私たちは庶民の生活に責任を持ち、彼らを生きやすくするのだ」という意識が見られない。
そうした意識が登場してくるのは、承久の乱で敗北して税金が取れなくなった朝廷が「コレはマズいぞ」と反省したあと、なので1230年代くらいからだろうと推測します。