2024年の大相撲大阪場所は、新星の登場、記録尽くしで幕を閉じた。『婦人公論』愛読者で相撲をこよなく愛する「しろぼしマーサ」が今場所もテレビ観戦記を綴ります。

前回「春場所千秋楽、昨日救急搬送された尊富士が歴史に残る110年ぶりの新入幕優勝を果たすか?1敗差の幕内2場所目の大の里が優勝するのか?」はこちら

尊富士の偉業の記録

大相撲春場所は、14日目の取組で右足首を負傷した前頭17枚目・尊富士(24歳)が、千秋楽への強行出場を決意し、前頭6枚目・豪ノ山を押し倒し、110年ぶり(大正3年の両國=元関脇=以来)となる新入幕での優勝という歴史に残る偉業を達成した。成績は13勝2敗。尊富士は殊勲賞、敢闘賞、技能賞の3賞も全て獲得。

先に登場した尊富士が勝ち、3敗で追っていた幕内2場所目の前頭5枚目・大の里の優勝はなくなった。大の里は大関・豊昇龍に下手投げで敗れて4敗となったが、敢闘賞と技能賞を手にした。出世が早くて大銀杏が結えない2人の賞の獲得となった。

私は14日目が終わった深夜(千秋楽の午前だが)、NHKの『今夜も生でさだまさし』を見ながらも、千秋楽で尊富士が負け、大の里が勝ったら優勝決定戦になり、救急車で運ばれるほどの足の怪我をした尊富士は耐えられるかが気がかりだった。

平成13年夏場所の千秋楽で、横綱・貴乃花が14日目の右膝の大怪我に耐え、優勝決定戦で横綱・武蔵丸に勝ち「鬼の形相」を見せたこと、さらに平成29年春場所、新横綱・稀勢の里が13日目の横綱・日馬富士戦で左上腕部に大怪我をしつつ、決定戦で逆転優勝を決めたことを思い出した。相撲人生の過酷さ、それに耐えた先の優勝という姿を思い出し、感動で泣けてきて、徹夜になった。

尊富士の偉業の記録はいろいろある。新入幕の初日からの11連勝は、昭和の大横綱・大鵬と並ぶ。日本大学を卒業後、初土俵から10場所目での最速幕内優勝(明治42年夏以降の入幕)。出世の速さに髪が伸びるのが追いつかず大銀杏が結えず、髷での幕内優勝。十両を1場所で通過しての新入幕は、日本大学の先輩の遠藤以来など。

止める方も後悔するし、止められる方も後悔する

尊富士は優勝賜杯と優勝旗を手にした後の土俵下でのNHKの三輪洋雄アナウンサーによるインタビューに、「記録も大事ですが、皆さんの記憶にひとつでも残りたくて必死に頑張りました」と答えた。

今後については「ファンに応えるような相撲を取り続けていきたい」と語り、四方の観客たちに深々とお辞儀をしていた。

千秋楽のNHKテレビの正面解説は、尊富士の師匠である伊勢ケ濱親方(元横綱・旭富士)だった。尊富士のことが気になり解説どころではないかと思ったが、各力士の取組を細かく分析し、どうやったら強くなれるかを丁寧に語っていた。

尊富士が優勝を決めた後で、伊勢ケ濱親方は、怪我で足の靭帯が伸びてしまったが、本人が「やりたい」と言ってきたことを話した。そして「この一番は歴史的な一番でしょ。止める方も後悔するし、止められる方も後悔する」と、出場に踏み切らせた師匠としての胸の内を明かした。立派な師匠だと思ってしみじみと聞いていた。

ところが、弟子の前頭2枚目・熱海富士が前頭筆頭・阿炎に押し出されると、毎場所おなじみの熱海富士への愛ある嘆きが始まった。「最後、また余計なことするし」、「突っ張りをかいくぐりながら下からとらないと」、「0点ですね、今日は」という内容だった。