自分から「できない」は言わなかった
階段はなんとか攻略したものの、入学当初は攻略しなければならないことがまだまだたくさんありました。
というのも、NSCの授業は多岐にわたります。
ネタを考えて講師の前で発表する「ネタ見せ」をはじめ、大喜利やモノボケなどにチャレンジする「コーナー」や、「発声」、「演技」、「ダンス」といった基礎の授業に加え、「スーツアクター」や「殺陣(たて)」などの選択授業(当時。現在はおこなってません)、吉本興業所属の芸人による特別授業……。
どの授業も初めて学ぶことばかりで、ついていくだけで精一杯でした。
でも、こんなに年を重ねたのに、毎日が新鮮そのもの。
往復4時間かけて通っていましたが、無遅刻無欠席の皆勤賞を達成できました。
……ただひとつ、ダンスを除いて。
実は、ダンスは入学して3カ月で免除になったんです。
当たり前ですが、ダンスの授業は飛んだり跳ねたり、とにかく体を動かします。また、芸人は体力勝負ですから、ダンスの前には腕立て100回。しかもグループに分けられ、ひとりでも脱落するとまた一からやらされる。連帯責任なんです。
さすがに71歳には無理な話。100回どころか1回もできません。仕方がないので「もうおばあちゃんはうつ伏せでいいよ」と、講師が連帯責任の輪から私を外してくれました。
でも、腕立ての後は、手や足をさまざまに動かしながら部屋の隅から隅まで全力で走らなければならない。
私もなんとかみんなについていこうと必死で身体を動かしたものの、きっと周りは危なっかしくて見ていられなかったんでしょうね。3カ月が経った頃、事務所に呼び出されました。
「おばあちゃんはダンスには出なくていいです」
「もしかして卒業できませんか?」
「大丈夫です。ダンスを免除するだけですよ」
それを聞いて、安堵(あんど)しました。
私自身もダンスの授業を受けながら、「危ないな。これはまずいな」と心の中は不安でいっぱいでしたから。
でも自分から申告して「じゃあ退学してください」と言われたら悔しいと思って黙っていた。せっかく勉強させてもらえるんだから、とにかく卒業だけはしたいじゃないですか。
どうやら、そんな私の心情を講師のアシスタントを務めていた先輩芸人さんがなんとなく気づいてくれたようです。講師や事務所の方にお話ししてくださって、免除の結論に至ったとのことでした。