永神が帰ると、日村はさっそく大木に電話をした。
「昨夜はどうも……」
「ああ、日村さん……」
「うちの代表が、お目にかかりたいと申しておりまして。申し訳ありませんが、お時間をいただけませんか」
「あの……」
「はい?」
「私、あなた方に何か失礼なことをしたでしょうか?」
「は……?」
「多嘉原会長のお知り合いだというから、安心してお話をさせていただいていたのですが、
『梢』に訪ねていらしたり、また会いたいと言われたり……」
 どうやら大木は恐怖を感じている様子だ。
 ヤクザが頻繁に会いたいなどと言ってきたら、そうなるのも無理はない。日村は、自分たちがどういう存在かちゃんと自覚しているつもりだった。
「いえ、失礼があったのはこちらのほうです。スナックにうかがったのは、原磯さんとお目にかかりたかったからなのです。押しかけたような形になり、申し訳なく思っております。ご容赦ください」
「昨日も話をしたのに、今日もまた会いたいって言うんですか? なんだか気味が悪いじゃないですか」
「おっしゃることはごもっともです。ですが、今日になってちょっと気になることが代表の耳に入りまして……」
「何ですか? その気になることって……」
「代表がお目にかかって直接申し上げると思います。自分の口からはちょっと……」
「私を脅そうとか、そういうことじゃないんですね?」
「違います。教えていただきたいことがあるんです」
「何か危ないことじゃないでしょうね?」
「とにかく、お時間をいただけませんか?」
 しばらく間があった。逡巡しているのだろうか。あるいは、スマホか何かでスケジュールを見ているのかもしれない。
「午後の早い時間なら、神社におります」
 善は急げだ。まあ、善かどうかよくわからないが……。
「では、一時でどうでしょう」
「わかりました」
 日村は礼を言って電話を切り、すぐに阿岐本に知らせた。
「一時だな。稔に車の用意をさせておけ」
「はい」
 稔に行き先を告げると、健一が言った。
「今度は寺じゃなくて、神社なんですね?」
「そうだ」
 日村は言った。「なんだかややこしいことになってきてな……」
 

 

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