義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。

 事務所に着いたのは、午後十時頃だった。
「じゃあ、俺は引けるよ」
 そう言って阿岐本は、上の階に帰宅した。
 日村は、いつものソファに座った。
「留守中、変わりはなかったか?」
 そう尋ねると、健一がこたえた。
「はい。何事もありませんでした」
「甘糟さんは来なかったか?」
「来てません」
「わかった」
 健一は、出先で何があったのか聞きたがっている様子だ。
 無視すればいいのだが、なんだか留守番の健一やテツが不憫(ふびん)に思えた。
「おまえ、寺の梵鐘をどう思う?」
 そう訊かれて、健一が聞き返した。
「梵鐘……?」
「鐘だよ」
「いや、どう思うって言われても……。あまり気にしたことがないですね」
「このあたりでも、昼や夕方に鐘が鳴ったりするのか?」
「さあ、どうでしょう……」
 健一がテツや真吉の顔を見回す。誰も何も言わない。