「鐘のことなんて、気にしたことないか」
「そうですね。大晦日にテレビで見るくらいですね」
「『ゆく年くる年』か……。そんなの見てるのか」
「事務所のテレビでぼんやり眺めてますね」
「鐘なんて、普段気にしてないから、なくなっても平気だな……」
「なくなる……? 寺の件はそういう話なんですか?」
「住民から苦情が出てるんだそうだ。鐘の音がうるさいって」
「それ、冗談ですよね」
「どうやら本当のことらしい」
「だって、鐘って寺には必要なものでしょう」
「町中の工事だって必要だからやるんだろう。だけど、住民からクレームがついて、工事の時間は大幅に制限されているらしい」
「工事と寺の鐘は違うでしょう」
「どう違うんだ?」
「そう言われると困りますが……」
「苦情は言った者勝ちらしいぞ」
「寺って、昨日今日できたわけじゃないでしょう」
「ああ。昔からある寺だ」
「文句を言われたのは、最近なんですよね?」
「昔からその土地に住んでいるような人は、さすがに鐘に文句をつけたりはしないだろう。最近引っ越してきた人たちのクレームらしい」
「あとから来た人が、もともとある寺に文句をつけるわけですか? そりゃあ、俺たちのイチャモンよりタチが悪いなあ……。当然、無視ですよね?」
「ところがさ、区役所や警察が寺に何とかしろと言ってくるわけだ」
「マジすか」
「区役所も警察も、住民から苦情があれば何かしなけりゃならない」
「それで、オヤっさんが出かけられたわけですね?」
「まあ、そういうことなんだが……」
「オヤっさんは、どうされるおつもりでしょう?」
「わからないんだ。いっしょにいても、オヤジが何をしたいのかわからない」
「そうなのか?」
 健一が真吉に尋ねた。真吉がこたえる。
「俺、スナックに行っただけだから、オヤっさんたちの話は聞いてないし……」
 そこに、車を駐車場に入れた稔が戻ってきた。