震災時から時が止まってしまったかのような珠洲市の光景、そして人々の表情を見て感じたのは――
イタリアにいたときに「能登」のことを知り、昨年初めて取材で訪れたというマリさん。1月の能登半島地震を経た今、あらためて訪問して感じたこととは――。(文・写真=ヤマザキマリ)

母から送られてきた雑誌で知った能登

フィレンツェに留学していた頃、母から送られてきた日本の伝統文化を扱う雑誌の特集で能登を知った。古くから変わらぬ能登の暮らしと風土について綴られた記事の中で、奥能登の旧家で受け継がれている家族のしきたりが取り上げられていた。

厳かに並べられた朱色の輪島塗の漆器にシンプルな食事が盛り付けられた写真とともに、その家に嫁ぐ女性が正門をくぐるのは結婚をした時と亡くなる時の2回きり、という記述があった。

薄暗い畳敷の部屋に差し込む自然光に照らされた、輪島漆器の鮮やかな紅が、まるでその家で生きる女性たちの心根を表しているような、印象的な写真だった。日本へ帰ったら、いつか能登を訪れたいという思いが膨らんだ。

あれから40年。能登を初めて訪れたのは昨年9月のことだった。仕事とはいえ、やっと実現できた能登の旅だった。