「僕と兄貴が部活に励んでいた頃、毎日ユニフォームの洗濯もしてくれたよね」(秀介さん)

秀介 兄貴は慶應高校のアメリカンフットボール部で、19歳以下の日本代表にも選ばれたエリート選手。僕も同じ高校に進んでアメフト部に入ったけれど、学業面や遊びで、周りの慶應生と同じレベルを保つのは大変だった。じいちゃん、保護者会にも来てくれてありがとうな。

廣喜 行っていたっけかな。

秀介 ほかの生徒の保護者は、たいてい母親。でもじいちゃんはよく喋るし、人がいいからマダムたちに人気で(笑)。今日はA君のお母さんとしゃべった、とかよく話してたよ。

廣喜 そういうのはあまり覚えてないなあ。(笑)

秀介 僕と兄貴が部活に励んでいた頃、毎日ユニフォームの洗濯もしてくれたよね。「じいちゃん大変そうだな」とは思ったけれど、きれいなユニフォームを当たり前のように使ってた。

廣喜 二人分の泥だらけの洗濯物だから、大変だった。普段は家の洗濯機だけれど、汚れがひどくて量が多い時には、コインランドリーまで自転車で行って洗ってきたり。

秀介 「ありがとう」も言わないひどい兄弟だったのに、一度も「自分で洗いなさい」とは言わなかったよね。今、兄貴とは「あんなに大変なこと、なんでじいちゃんにやらせてたのかな」と反省することもある。でも兄貴が日本代表選手になった時、じいちゃんは、「俺が毎日ユニフォーム洗ったおかげだ」と誇らしげに言ってたよな。

廣喜 ははははは。

秀介 両親の保険金で結構な額が入ってきたけれど、じいちゃんが預かるとは言わなかったね。

廣喜 俺はなんも言わない。任せっぱなし。