京橋區新佃島西町、日本橋兜町、京橋區月島通

<京橋區新佃島西町>

空襲被害をほぼ免れた月島・佃島エリアには戦前からの建築物が多々残っていますし、中央区以前の京橋區時代の旧町名も少々現存しています。

古いタバコ屋の店頭にある赤い琺瑯看板に旧町名残りがちという旧町名あるある早く言いたい(写真提供:二見書房)

こちらは駄菓子などを扱う旧タバコ屋さん。大正生まれのご主人が切り盛りするお店兼住居のこの建物は中央区指定文化財です。

お話を伺うと、店内がドラマロケに使われたりプロの写真家が建物を撮らせてくれと訪ねてきたり等々、文化財ゆえのエピソードがたくさん。写真家が撮ったこの建物が載っている本も見せていただきました。

一方で、固定資産税が高く維持が大変ともおっしゃっていました。区が文化財指定で建物保存を推進するのはとても素晴らしいことなんだけど、とも。我々部外者にはいい部分しか見えませんが、当事者にとってはありがた迷惑な側面もあるんですね。

『旧町名さがしてみました in東京』(著:102so/二見書房)

貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。今度また駄菓子買いに行きますね。

……これが平成21年のお話。令和6年現在、もう駄菓子を買いに行くことはできません。

<日本橋兜町>

銀行発祥の地・兜町(かぶとちょう)に鎮座する兜神社には、平将門を供養するために埋められた伝説の兜があるとか。同じく町内にある東京証券取引所横の鎧橋には、源義家が投げ入れて暴風雨を治めた伝説の鎧が眠るとか。

昭和57年の住居表示実施で丁目が消え単独町名となったため、丁目付き兜町は旧町名扱い(写真提供:二見書房)

ドラクエか何かでしょうか。渋沢栄一が金融恐慌を収めるために研いだ伝説の剣もあるかもしれません。

<京橋區月島通>

えっ? 数がそんなにあっていいの? 2桁丁数に驚愕です。

月島通を中心に、西側に西仲通・西河岸通、東側に東仲通・東河岸通。旧町名にはすべて「通」が付く(写真提供:二見書房)

丁目は概ね4・5丁目までが適当であると、幼少期より叩きこまれてきた我々住居表示世代にとって11丁目は完全に未知の領域。しかも月島通は12丁目まであったようです。

なお、京都に22丁目、北海道には42丁目があるそうですが、それはまた別のお話。