退院いらい初めての公式の場へ

カウチ・ベッドにも慣れてきた5ヵ月後の10月20日、アイリッシュ・アメリカ協会からユージン・オニール特別名誉賞を受けることになった。

ノーベル文学賞を受賞しアメリカの近代文学を築いたユージン・オニールの名前を冠した賞には、さすがのピートも嬉しそうにしていた。

病後初めてスーツを着たピートを車椅子に乗せ、大型車で52丁目にあるマンハッタン・クラブに到着。

車椅子を押して会場に入ると、集まった数百人の観衆から割れんばかりの拍手で迎えられた。退院いらい初めての公式の場である。

いつまでも鳴り止まない拍手を耳にしながら、ああ、やっとここまで来られたかと初めて涙がこぼれた。

※本稿は、『アローン・アゲイン:最愛の夫ピート・ハミルをなくして』(新潮社)の一部を再編集したものです。

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アローン・アゲイン:最愛の夫ピート・ハミルをなくして』(著:青木冨貴子/新潮社)

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