田代住職、阿岐本、そして日村は本堂に上がった。
「追放運動の連中に、鐘の騒音被害を訴えている住民が加わったでしょう」
 田代住職が言った。「あれからいろいろ考えたんですよ」
 阿岐本が「ほう」と相槌(あいづち)を打つ。
「こりゃあ、怪我(けが)の功名ってやつかもしれないってね」
「怪我の功名ですか……」
「この地域の新旧住民は水と油だったんですよ。ゴミの出し方一つでも揉め事が絶えなかった」
「ゴミの出し方ですか」
「古くからの住民は、自分たちでゴミの集積所を管理しています。だから、比較的約束事を守ります。ですが、アパートに独り暮らししているような人はつい、ゴミの分別や出す日がぞんざいになる」
「一概にそうとは言い切れないでしょうが、まあ、そういう傾向はあるのでしょうね」
「使う飲食店も違う。昔からの住民は馴染みの小料理屋やスナックを使うわけですが、アパートやマンションの住人はこじゃれたカフェなんかを使いたがる。つまりね、同じ地域の中で分断が起きていたわけです」
 相変わらず田代住職の物言いは大げさだと、日村は思った。ゴミの出し方や利用する飲食店が違うことを分断とは言わないだろう。
 だが、言いたいことはわかる。水と油と田代住職が言ったように、混ざり合わない二つのグループが存在することは確かなようだ。
 田代が言った。
「住民が、この寺に抗議することで足並みをそろえたんですよ」
「つまり……」
 阿岐本が言う。「水と油が混じったということですかね」
「それはね、もしかしたらいいことなんじゃないかと思いはじめたわけですよ。これまで、何をやっても新旧住民が混じり合うことはなかった。それが、共通の敵を見つけたことでいっしょになったんです」
「たしかに、仲が悪くても、共通の敵が現れたとたんに一致団結するというのはよくあることですね」
「だとしたら、寺の鐘も役に立ったということじゃないですか」
「おや、何だかもう鐘を諦めたようなお言葉ですな」
「役所や警察が住民の側についてますからね。何だか、勝ち目がないような気がしてきました」
「鐘がある限り、住民たちの団結が続くんじゃないですか?」
「え……?」