目黒区に向かう車の中で、阿岐本が言った。
「町内会の役員にマル暴刑事か……。こりゃあ旗色が悪いな」
 珍しく弱気な発言だなと、日村は意外に思った。
「住民の代表もいると、田代さんはおっしゃってました」
「追放運動の代表なのかね」
「そうでしょう」
「とにかく、会ってみようじゃねえか」
 会ってどうなるのだろう。火に油を注ぐだけではないのか。そう思ったが、オヤジのやることに日村は何も言えない。
 藤堂ら町内会役員と住民代表たちとの不毛な押し問答を想像して、日村は気分が重くなった。
 やがて、車は西量寺の前に着いた。山門の前に抗議集団がいる。プラカードや横断幕を掲げている。
 阿岐本と日村が車を降りて山門に近づくと、その人々が色めき立った。一目見て阿岐本たちの素性に気づいたのだ。
 阿岐本は彼らの前を通るときに頭を下げた。日村も礼をする。二人が山門をくぐると、背後から弱々しい声が聞こえた。
「暴力団は出ていけ……」
 それを合図に、人々が声を合わせた。
「暴力団は出ていけ」
 阿岐本は日村に言った。
「振り向くなよ」
「え……?」
「皆さんは、勇気を振り絞っておられるんだ」
「はい」