本堂にやってくると、藤堂、河合、山科の町内会役員と見知らぬ男が横一列に並んで座り、田代住職と対峙していた。
 戸口から阿岐本が声をかけた。
「ご住職。私どものせいでご迷惑をおかけします」
「おお、親分さん」
 続けて阿岐本は、町内会役員たちに挨拶をした。
「藤堂さん、河合さん、山科さん。またお会いしましたな」
 阿岐本に名前を呼ばれた三人はたちまち顔色が悪くなり、落ち着きをなくした。
 河合が言った。
「会いたくなんてないんだ」
「そちらにいらっしゃる方は、住民代表の方ですか?」
 阿岐本が尋ねると、田代住職がこたえた。
「そうです。池中昭一(いけなかしょういち)さん、七十五歳」
 池中と呼ばれた人物は、白髪で細身だ。彼は田代住職に言った。
「ヤクザに名前を教えちゃだめだ」
「どうしてです?」
 田代住職は言った。「阿岐本さんは、ここにいる全員の名前をご存じですよ」
「名前を知られたら、自宅も知られる。家族の名前も知られてしまう。どんな脅しをかけられるかわからない」
 田代住職は顔をしかめた。
「被害妄想でしょう」
「いや、そうでもないですよ」
 そう言ったのは阿岐本だ。「そういうことをしたがる同業者はたくさんいます。私らだって、いざとなったらそうするかもしれません」
「いざというのはどういうときです」
「私らを怒らせたときですね」
 にこやかで冗談のような口調だったが、町内会役員や池中の顔色がさらに悪くなった。
 

 

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