今の音

あれから60年が経った。今、聞こえてくる朝の音はこんな音だ。

早朝5時を過ぎると、世田谷線の始発電車が走る音から一日が始まる。ガタンゴトンと、重そうな車体が走る音だ。最新のテクノロジーとは無縁のようなこの電車は、大きなおもちゃのようで実に愛らしい。その大きなおもちゃから出る音の間隔からして、スピードが出ていないのがよくわかる。

カメのように鈍(のろ)いから、事故が起きたという話は未だ聞いたことがない。

Macのラップトップを開くと、いつものジャーンという音。やかんのお湯が、シュウシュウと音を立てて沸騰したぞと言っている。そのお湯でコーヒーを淹れながら、テレビをつけると、めざましくんが「5時55分」と時刻を告げている。

今日は不燃物ゴミの収集日か? 誰かが、ガラガラと缶と瓶を捨てにいく音がする。

8時を過ぎると、向かいの部屋の小梅ちゃんという女の子が保育園に行く時間だ。小梅ちゃんは、毎朝保育園に行く時間になると大騒ぎをする。小梅ちゃんはどうやら保育園をあまり気に入っていないらしい。

部屋を暖めてくれるエアコンのファンの音。パチパチとパソコンのキーを叩く音。いつもと変わらぬ日常の朝の音だ。いろんなところに引っ越しをしたが、住んだ場所それぞれに特徴のある朝の音があった。音の記憶は、その風景と相まってなぜか忘れることがない。