リンゴの唄
この頃の嘉子は、いつも大きな風呂敷包みを持って通勤していました。
食料のない時代でしたが、仕事で遅くなった時には、同僚たちとスルメやコロッケなどを肴に焼酎を飲んで語り合うようなこともあったようです。
また、嘉子は歌を歌うのが好きで、職場の懇親会の余興では、よく「リンゴの唄」を歌っていたといいます(「リンゴの唄」は、サトウハチローの作詞、万城目正の作曲で、1945年に映画「そよかぜ」<松竹大船>の主題歌・挿入歌として並木路子が歌い大ヒットしました。「赤いリンゴに…」で始まる歌詞や、のびやかで明るい並木の歌声は、敗戦後の厳しい時代を生きる人々に希望を与えました)。
嘉子がにこやかに歌うと、まるで本当の赤いリンゴが歌っているかのような雰囲気だったそうで、皆が自然と唱和するような盛り上がりがありました。
嘉子に大きな影響を与えた父貞雄が1947年10月に肝硬変で亡くなるなど、この時期にも不幸がありましたが、幼い長男の芳武を抱えた嘉子は、強くたくましく新しい時代を生き抜こうとしていました。
※本稿は、『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(著:神野潔/日本能率協会マネジメントセンター)
2024年度・前期連続テレビ小説「虎に翼」のモデルは、日本初の女性弁護士の一人であり、初の女性判事及び家庭裁判所長・三淵嘉子(みぶち・よしこ:主演・伊藤沙莉、脚本・吉田恵里香)。
本書では、三淵嘉子の生誕から晩年までの生涯と、嘉子とともに歩んだ家族、友人、同僚たちについて紹介する。
嘉子が生涯を賭して成し遂げたかったこととは何だったのか。
「女性活躍」が求められる今にあって、その先駆者の生涯が今、明らかになる。