受益と負担のアンバランス
本当は、真紀子さんはもう少し仕事を増やしたいとも思っていました。通勤するなら仕事の口はありそうです。もし兄嫁が、母の食事の世話を一緒に見てくれるなら、真紀子さんも都心まで出勤する仕事も選べるのに。口には出しませんが、真紀子さんは兄嫁への不満が募っているようです。「いっそ、毎日出勤しなくちゃいけないオフィスワークになったほうが、協力的になってくれるかしら?」と思ったりもします。
「でも結局、母はなにかあると、同居してる娘たちに頼む。負担は全部、こっちに来る。母は、兄のことはかわいくて仕方ないんですよね。兄にはいい顔をするし、兄嫁には言いにくいんでしょう。しょうがないとは思いつつも、どうして、こんなに私ばっかり、って思っちゃいます」。真紀子さんは大きく溜め息をつきます。
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真紀子さんの抱える長兄夫婦へのモヤモヤはきっと、受益と負担がアンバランスだから、でしょう。長兄夫婦は、財産分与という「受益」面では、戦前的な家父長制的価値観で優遇されました。本家を守っていくのは大変だとは思いますが、母の面倒を見るという「負担」面では、戦後的な価値観で、兄嫁は「長男の嫁」役割を免れています。真紀子さんら娘たちが役割を担わされています。――言語化すれば、真紀子さんの不満はこういうことではないでしょうか。
他に兄弟がいたとしても、女親は結局、実の娘を一番頼りにする、特に同居する娘が一番気安い、とはよく聞きます。息子は異性だし、息子の妻たちには遠慮がある。でも娘ならわがままも言える。中でも、同居していて、もっとも言いやすい1人にばかり甘えてしまう。でも、頼られる側の真紀子さんにしたら、たまったもんじゃありません。他のきょうだいにも等分に負担して欲しい、と思って当然でしょう。「もらうものだけもらっておいて、義務は果たさないなんて、ずるい」というわけです。
しかも真紀子さんの場合、母だけでなく姉の生活の面倒も見ています。シンデレラは継母と継姉でしたが、真紀子さんの場合は実の母と姉です。実の母と姉なのに、仕えなくちゃいけないなんて、不満も溜まるはず。なのに、老後に住む家の問題も解消されないなんて、不公平です。もし長兄が、姉と真紀子さんの老後の家や、経済的な面倒まで全部みてくれるというなら、もちろん話は違ってきますが。実家が土地持ちでも娘の老後が安泰とならないとは、令和の現代でもイエを継ぐ意識が、女性の人生に影を落としている、と言えるのではないでしょうか。
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