百合川よりは少し背が高いものの、やはり小柄で線の細い玉蘭は、サイドにスリットの入ったえんじ色の長衫(ツンスァ)を着ている。ふわりとした柔らかそうなパーマネントの短い髪、薄い丸眼鏡の奧に光る目は、好奇心のかたまりといった光をたたえている。玉蘭はハルと同い年だ。
玉蘭も、やはり百合川の好意でこの建物に住んでいる。二階の三部屋のうち、和室二部屋をハルが書斎と寝室にしていて、玉蘭は少し大きめの洋室を使っている。
ハルは詳しくきいたことはないが、玉蘭は百合川と幼いころから親しいつきあいがあり、内地留学中も同じ下宿で生活していたという。世話好きなのか、なにかと細かくハルの面倒を見てくれるので、台中にきてからハルは、生活に関してはまだ一度も心細く感じたことがなかった。
「また暗い顔! 昨日、小姐にいわれたことをまだ気にしているの?」
「そりゃ気になるわ。あたし、これまであんな風にいわれたことないもの。高女の先生だって、あたしのこと怖がってたくらいよ」
玉蘭は少し考えてから、「それはハルが先生よりも大きくて強かったから?」とからかうような表情を浮かべる。
「それはいいっこなしでしょ。そのとおりだけど……」
たしかに広島県立広島高等女学校に入学したときから、ハルの身長は五尺八寸(約一七五センチ)とずば抜けて高く、本通(ほんどおり)商店街でごろつきたちを相手に大立ちまわりを演じたことは地元新聞の三面記事にもなっていたので、教師たちもすっかり警戒していた。同級生からは、畏怖とからかいの入り交じった「新高山(にいたかやま)」あるいは「新高」というあだ名で呼ばれていた。ハル自身は、関取(せきとり)のようなそのあだ名をまったく気に入っていなかったが、いま思えば台湾の最高峰の名前で呼ばれたそのときから、この土地との奇妙な縁ははじまっていたのかもしれない。