ハルの不機嫌そうな様子を意識したのか玉蘭は話題を変える。

「で、どう? 記事は書けそう?」

「朝いちばんの縦貫線で、三時間半もかけて新竹(しんちく)についたときは、なにか書ける気がしたの。玉蘭が教えてくれた市場、たしかに活気に満ちていた。見たこともない魚や貝が所狭しと並べられていて、屋台のお料理もほんとうにおいしそうだった。でも、汗だくになって帰ってきて書きはじめたらぜんぜんだめ。魔法がとけちゃったみたいに、書くこと書くこと全部、あのティンカー・ベルに鼻で笑われる気がするの。あんな遠くまで足をのばして収穫なしなんてばかみたい」

「小姐には悪気はないけど、いつもああなんだ。内地でもお偉いさんを怒らせてばかりでひやひやしたの」と玉蘭はくすりと笑った。

 それから、ハルの前まできて、机の上に紙袋を置くと、元気づけるように軽く肩を叩いた。

 紙袋からビスケットのような香ばしく甘いにおいが立ち上ってきて、ハルは思わずおなかを押さえる。

「鯛焼き。そろそろ内地が懐かしいでしょ? なにも食べないで記事なんて書けない。ひとりで汽車に乗って遠出しただけもすごいじゃない。一段落したら下においで。梅雪(ムイセッ)が編集部に饅頭(マントウ)と肉臊(バァソー)を持ってきてくれたの。わたしは冷める前に食べるから」

 そういうと玉蘭は、軽くウィンクして、書斎からでていった。蔡家のお手伝いさんの梅雪おばさんは、百合川や玉蘭のことを気にかけて、いつもいそがしい仕事の合間にお惣菜を届けてくれる。