「心配かけたくなかったから。」

入学して2ヵ月くらい経ったころ、当時の監督から電話をいただき、まだ翔大はノックにも入っていないと聞いて、その電話は私の知らない遠い世界からかかってきたような感覚を覚えた。

「何で今まで言わなかったの?」
「心配かけたくなかったから。」
だと思った。やはり子どもは、自分のいいところだけを親に見ていて欲しいと思うものなのだ。都合の悪いことはわざわざ報告しない。話さないことは「ないこと」と同じ。離れていれば尚更だ。

その時私は、早く怪我を治して野球ができるようにすることだけ考えよう、とだけ翔大に伝えていた。野球ができなくて何より心細いだろうということだけは、この母にも想像できた。

だがほとんど野球のことがわからない私は、入学早々練習から外れて別メニューになってしまった息子の出遅れに対して、実はかなり動揺してしまったことを覚えている。

でも今振り返ってみると、それはまだ1年生が始まったばかりの頃だった。

何でもっとうんと先を見通して、ゆったりと余裕をもった考えができなかったんだろう…私。
腰の怪我一つで、「もう順風満帆な甲子園への道は閉ざされてしまったのではないか」そのくらいお先真っ暗に捉えてしまっていたのだ。順風満帆でないことは「取り返しがつかないこと」だというように。
1年生の、ほんのあの時に。
落ち着け落ち着け、あの頃の私。