「夕暮れに鐘。年越しの鐘……。そういうもんに風情を感じたり、大切なものだと感じるような時代じゃないのかもしれませんねえ」
「その寺にも宗教法人ブローカーが近づこうとしているんじゃねえかと、私は思っています」
「へえ、そうなんですか?」
「近所の不動産屋が、駒吉神社の氏子総代や西量寺の檀家総代になりたいと言っているらしい」
「本来なら、そういう人がいてくれると心強いんだが……」
「その不動産屋がどうやら宗教法人ブローカーとつながっているらしいんです」
「なるほどねえ……」
「その宗教法人ブローカーなんですが、高森浩太ってやつだというんです。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「さて……」
 多嘉原会長はふと考え込んだ。「知らないねえ。何者なんでしょう?」
「西の直参だということです」
「直参……」
「はい。花丈組二代目だそうで……」
 多嘉原会長は穏やかな表情のままだが、目が変わった。目の奥が底光りしている。日村はぞっとした。
「阿岐本さん。それで、どうなさるおつもりですか?」
「神社の大木神主や、寺の田代住職がお困りになるようなことを、放っておくわけにはいきません」
 すると、多嘉原会長が両手を膝に置き、頭を下げた。
「あい済まんこってす。私が妙な愚痴を聞かせちまったばっかりに……」
「そういうことではありません。これは、私と大木さん、そして、私と田代さんとの問題です。そして……」
 多嘉原会長は顔を上げた。
「そして?」
「私がなくしたくないと思うもの、なくしてはいけないと思うものを守るためにやることです」
 多嘉原会長は笑みを浮かべた。
「そいつは、私らみてえに消えていくものの意地でしょうかね?」
「消えていくものの意地です」
 多嘉原会長がうなずいた。
「その、高森ってやつのことは調べておきましょう」
「お手数をおかけします」
 阿岐本は頭を下げた。