若い頃はそれでも良かった

子どもの頃、将来何になりたいかを無邪気に夢見ていた時には、アーティストは老後に苦労する、なんて知らなかったものです。30代、40代でも、老後のことを考えるアーティストは少数派ではないでしょうか。現役ばりばり、成長期ですから、まずは作品。アーティストだけでなく、役者やミュージシャン、作家など芸術関連の仕事をしている人はみな、同様でしょう。史子さんと同じように、40代までは仕事だけに集中し、老後のことなんて考えもしなかったのではないでしょうか。

若い頃はそれでも良かったのです。バイトや非正規労働で生活費を賄えました。アート活動と生活を両立できました。でも老後が近付いてくると、現実が見えてきます。フリーランスですから、会社員のような退職金もなければ、厚生年金もありません。国民年金がもらえるとしても、実家があったとしても、老後の家計はかなり厳しいでしょう。

となると、「老後」や「リタイア」なんていつのこと。ずっと現役で働き続けることが、最大の生活防衛策になります。働けるうちは働いて収入を得ないと、高齢になった後に生き抜けません。

つくづく、アーティストもミュージシャンも俳優も、芸術家はなんて大変な仕事なのかと思います。経済的に成り立つのは一握り。その他の多くの人たちは、実家が大金持ちでもない限り、厳しい老後が待っています。何歳まででも、働ける限りは働かないといけない老後だなんて。遊び暮らしてきたわけでもないのに、厳しい人生です。

史子さんの場合、良かったのは、国民年金をちゃんと掛けてきたことです。生活が苦しい中、つい国民年金を払わない芸術家の卵たちも多いに違いありません。たかが数万円、されど数万円。十分な額でないとしても、基礎収入として計算できる国民年金があるかどうかは、老後の生活設計に大きく影響するでしょうから。

◾️本連載をまとめた書籍『『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)』が発売中