クロスハッチング

さて、密集市街地を示すハッチングは、大都市などでは一面がこれで埋め尽くされてメリハリのない表現となり、市街地の性格が読み取りにくくなりがちだ。

そこで威力を発揮するのがクロスハッチングで、戦前の図式ではこの細かい格子模様を商店が多い市街に用いている。

<『地図記号のひみつ』より>

記号凡例では「商賈連檐(しょうこれんえん)」と称するが、檐という字は庇(ひさし)や軒を意味し、商店のそれが連なった区域をこれで表現した。

「明治28年図式」「明治33年図式」ではハッチングの個々の線を一般市街より太くて濃く表現していたのだが、「明治42年図式」でクロスハッチングに改めている。

前出の『地形図図式詳解』では「市街内ニ於テ商店櫛比(しっぴ)セル部分ハ家屋ノ図形内ニ交叉暈のう(こうさうんのう、「のう」はさんずい+翁)[クロスハッチング=引用者注]ヲ施シテ之ヲ示ス」としており、その線の間隔は0.33ミリと細かい。手作業で1センチに30本の細線を描く職人技である。

実際の地形図を見ると、必ずしもこの表現がなされた部分の全体が商店であったわけではなさそうだが、目抜き通りの周辺がこれで表現されることにより、都市の「軸」が浮かび上がってその構造が見えやすくなる効用はあった。

この表現は戦後に用語を「商店街」と改めて「昭和35年加除式」まで続いたが、「昭和40年図式」ではこのクロスハッチングを「高層建築街」に転用している。

空中写真で判定する方式となってから、おおむね3階建て以上をこれで表現した。

それまで「商賈連檐」であることを認定するには、時間をかけて現地を歩く地道な調査が必要であったが、空中写真を活用すれば高い建物はすぐわかる。

同じ場所を異なる地点から撮影した2枚の写真を重ねて立体画像を得る技術は等高線を描くためのものだが、それゆえに高低差は極端に誇張される。

たとえば1メートル程度の段差でも足がすくむほどの断崖に見えるので、この画像で市街地を見れば高い建物は一目瞭然だ。

商店かどうかでなく高さで線引きできるのなら、作成者側としても現地調査の手間が省ける。

なお3階建て以上に用いた「高層建築街」は、都市の高層化がさらに進んで実態にそぐわなくなったため「昭和61年図式」から「中高層建築街」に改められた。

「平成25年図式」からは新たに「高層建物」が登場、高さ60メートル以上のものに適用されている。