樹木に囲まれた居住地
「平成25年図式」で惜しくも廃止されたのが「樹木に囲まれた居住地」だ。
これは農村集落や都市部の「お屋敷町」のように、建蔽率(けんぺいりつ)が低く庭木が目立つ集落などに適用されるもので、個々の家をイメージした黒抹家屋を点々と並べた上に網点をかけてグレーに見せる表現だった。
この記号のメリットは、たとえば都市近郊の古くからの農村集落と新興住宅地の区別が容易につくことであった。
庭木が多く余裕ある配置の農村集落に比べて、新しい住宅地は敷地が相対的に狭く、特に建て売りの場合は規則正しい建物の配置が特徴なので、その性格の違いが一目瞭然である。
この記号の廃止により景観が想像しにくくなったのは残念だ。
戦前の図式ではこれを「園囿(えんゆう)」と呼んだ。
『地形図図式詳解』によれば、「家屋ノ付近ニ於テ通常構囲ヲ有シ概ネ樹木、竹林、花果、 蔬菜(そさい)、築山、泉水等ヲ有スル地域」を指し、市街のハッチングとは90度異なる右上→左下方向の線を0.4ミリ間隔で描いた。
建物の間隔は広く、点在する黒抹家屋をそのハッチングが覆う独特な図柄だが、戦後のグレーの網点表示はこれを受け継いだものである。
中高層建物が並ぶ団地であれば各棟の形がそのまま描かれるので、鉄筋コンクリートの棟がいくつも立ち並ぶ様子がよくわかった。
エリアの中央には給水塔が聳え、これにも「高塔」の記号が置かれていたので、団地の風景を彷彿とさせたものだ。
高度成長期の象徴のような団地も老朽化で建て替えが進み、日本の人口もすでに減少局面に差しかかっている。
急速に増加する空き家の存在も指摘されているが、これは地形図には反映されない。
廃屋が並ぶ山村も、建物が撤去されない限り図上の表現は現役当時と変わらないし、もちろん「シャッター街」という記号もないから、たくさんの人で賑わっていた時代と図上で比較するのは不可能だ。
これから本格化する「減築の時代」に備えて、地図記号もあるいは変わるべきなのかもしれない。
※本稿は、『地図記号のひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)
学校で習って、誰もが親しんでいる地図記号。地図記号からは、明治から令和に至る日本社会の変貌が読み取れるのだ。中学生の頃から地形図に親しんできた地図研究家が、地図記号の奥深い世界を紹介する。