香苗に続いて、彼女の祖父が事務所に入ってきた。
「あ、マスター……」
 日村は言葉を呑み込んだ。
「どうも。いつも香苗がお世話になっております。また、親分さんに飲んでいただこうと思って、コーヒーをお持ちしました」
「いや、コーヒーはありがたいのですが……」
 すると、香苗が言った。
「日村さんはいつも、ここに来ちゃいけないって言うのよ」
 マスターが言う。
「そりゃあ、高校生が一人で来たりしちゃいけない。皆さんのご迷惑になる。じゃあ、コーヒーのポットだけ置いて、おいとましようじゃないか」
 日村は慌てた。マスターを追い返したと知ったら、阿岐本は機嫌を損ねるに違いない。
「あ、どうぞ。こちらへいらしてください」
 マスターを応接セットに誘う。
「失礼しまーす」
 マスターより先に、香苗が応接セットに歩み寄った。そして、ソファに腰を下ろす。マスターは、ゆっくりと香苗の後に続き、テーブルにポットを置いた。
 日村は香苗に尋ねた。
「さっきのは、どういう意味だ?」
「さっきの?」
「高校生になったからわからなくなったって……」
「子供の頃は、阿岐本組の人が怖くて悪い人だって思ってた。お父さんの言うことを、そのまま信じてたからね」
「お父さんがおっしゃってることが正しいんだ」
「そんなことはないと思う。じいちゃんは親分さんと仲よくしているし……」