一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!

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  四

 新富町市場は、初音町から南下して再び大和橋をわたり、櫻橋(さくらばし)通りを少し歩いた右手、カフェーダイヤの向かい側にある。六角形の中央棟から三つの細長いアーケードが放射状に広がる特徴的な概観をしている。
 玉蘭は、はじめてハルをこの市場に連れてきたとき、上から見たらきっと腕を食べられたヒトデみたいな形よ、と耳打ちした。その言葉で、玉蘭は海のそばの出身なのだろう、とハルは想像した。
 台中で二番目にできた消費者市場で正式名称は第二市場。しかし、日本人が多く住む新富町に位置することから新富町市場という名前のほうをハルはよく耳にする。ハルは記事のテーマが市場と決まってからというもの、毎日のように北の新富町市場から駅の南側の台湾人たちの台所である第三市場まで、くらくらするような熱い日差しのなかを歩いては、なにか記事になりそうなものはないかさがしていた。しかし、これまでのところ百合川を納得させられるような発見はない。
 亜熱帯の照りつける太陽から逃れるように、ハルは市場のアーケードに入る。昼間でもアーケードのなかは薄暗い。所狭しと並べられた日本人向けのさまざまな日用品や食料品を眺めながら、ぼんやりと思案をめぐらせる。