ハルはもう一度じっと少女の様子を観察してみる。
 細い腕と、薄汚れた衣服。客の注文を受けて卵を売ると、また一心不乱に教科書を読み続ける。その横顔は、どこかさみしそうですらある。
 どうして店番をしながら教科書なんて読んでいるの? 母親はいないのかしら――。
 急に興味がむくむくと湧いてきた。
 市場の外から吹いてきた風に、ふと懐かしいにおいを感じたような気がして顔を上げると、玉蘭が心配そうに駆け寄ってきた。
「ハル! どうしたの? 具合が悪いの?」
 お昼になっても帰らないから様子を見にきてくれたのだろう。ほんとうに玉蘭は世話好きなんだから。
「うん、ちょっと月のものがはじまっちゃったみたい。それだけじゃなくて、色々とあなたのたすけが必要なの」
 そういって、ハルは、玉蘭の手をとって立ち上がった。暗い市場の奧で、必死に教科書を読んでいる少女の姿をしっかりと目に焼きつけた。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。