結局、友達とルームシェアしていた東京の住まいを引き払い、長野の実家で漫画を描きながら療養することに。だが不眠と発作は続いた。
「少し寝ると、発作ですぐ目が覚めてしまうんです。あくびをすると体が攣って過呼吸が起きる。でも傍目にはただ寝ているようにしか見えないので、家族にもつらさを理解してもらえませんでした。妹から『そんなの、気の持ちようじゃん。友達もなったことあるけど1週間で治ったよ』と言われたときはきつかった……。家族全員からそういう目で見られると、居場所がなくなってしまうのです」
幸い、実家の近くで信頼できる医師に巡り合うことができ、ようやく病と向き合える態勢がととのった。「この体験を漫画に描こう」と決意し、症状を客観的に見つめて記録を取り続けたことも治療に役だったのか、ゆっくりと快復への道を歩んでいる。
「誰でも突然なる可能性があり、しかも症状が急速に進みます。万一なってしまったら、世界を敵に回してもとにかく休んで! と声を大にして言いたいです」と櫻日和さん。快復には「焦らないこと、周りは焦らせないこと」が何より肝心だという。
恐怖とあえて向き合う「森田療法」
現在、パニック障害の治療は、薬物療法と、行動や考え方のゆがみを直す「認知行動療法」が主流だが、一方で薬を極力使わないアプローチもある。
その代表が「森田療法」だ。大正時代に医師の森田正馬が神経症治療の目的で生み出し、海外にも普及している。不安を消すのではなく、「あるがまま」に受け入れる療法だ。本来は3ヵ月の入院治療が必要だが、今は外来での治療が主となっている。
2016年に入院治療を経験した山口愛さん(42歳・仮名)に話を聞いた。好奇心旺盛で行動的だった山口さんは、21歳まで病気とは無縁だった。
「夢だったウェブ系の会社に転職。忙しくも充実した毎日を送っていました。異変が起きたのは入社数ヵ月後、飲み会の席でした。激しいめまいと動悸、息苦しさで倒れてしまったのです」
その数日後。友人に誘われ、体調不良を押してライブハウスに行く途中のバスの中で、大きな発作が起きた。「死ぬのではないかという強い恐怖心に襲われて。バスを降りたところにあった交番にふらふらと入り、『死んでしまうから救急車を呼んで!』と頼み、病院に担ぎ込まれたのです」
だが異常は見つからず、心療内科に回されパニック障害だと告げられた。
「安定剤を飲むことを受け入れられず、『体の病気だ!』と抵抗しました。薬と行動療法で良くなるからと諭され、自宅で静養したのですが、1週間過ぎても体調は変わらず。大変なことが自分の身に起きていると思いました」
幸い、治療の効果と周囲の理解にもあり、症状は少しずつ落ち着いていった。24歳で会社の先輩と結婚。二人で退社し、ネット関係の会社を立ち上げる。事業は順調、二人の子宝にも恵まれ、傍目には順風満帆の人生に見えたことだろう。