だが内情は違っていた。仕事が忙しくなると昼夜逆転の生活が続き、発作がぶり返していたのだ。そのうえ、妊娠中の突発性難聴なども重なり、さらに症状は悪化。次第に夫婦関係にも亀裂が入り始める。夫の暴力や暴言も強いストレスとなって、山口さんに追い打ちをかけた。

「そんな中で、父親が勧めてくれたのが森田療法でした。『子どもたちは私たちで面倒を見るから、安心して入院しておいで』とまで言ってくれた。入院中は家族への連絡も面会もできない。子どもたちには酷だと思いました。でも、苦しむ姿を見せ続けるほうがずっと酷だからと、覚悟を決めたのです」

入院して最初の1週間はひたすら横になり何もせずに過ごして、不安と真正面から向き合う。その後は段階的に日常生活の作業などに取り組み、社会復帰に備えてゆく。

「不安は自然な感情であり、排除しようとすればするほどとらわれる性質がある。逆に、『あえて不安なことばかり考えてみなさい』と言われて実行してみましたが、不安なことだけを何時間も考え続けるなんて不可能なんだ、と身をもって悟りました」

退院後、夫の不倫発覚と離婚、父親の死という大きな試練に次々見舞われながらも、発作は再発していない。山口さんの手帳には、〈自から進んで発作を起こし、全過程を熱心に観察すべし〉という森田正馬の言葉を書いたメモが、いまも大切に挟みこまれている。

 

不安は、生きたいと願う欲求の裏返し

森田療法では、自助グループがいくつかある。中でも50年という長い歴史を持つのが、NPO法人「生活の発見会」だ。現在の会員数は約2200人。全国で「集談会」と呼ばれる集まりが行われている。

理事長の岡本清秋さん(71歳)も、パニック障害に苦しんできた一人だ。

「30歳前に、目の前で会社の仲間が脳梗塞で突然死したことがきっかけでした。体調を崩すとその場面が浮かぶようになり、ついに発作を起こして倒れてしまった。しかし病院で検査しても原因がわからない。悩んでいたところ、書店で森田療法の本に出会って、パニック障害だとわかったのです」