外の空気に当たり、父らしさを取り戻した

私は助手席側に回りドアを開けて、車椅子から降りる父に手を貸してシートに座らせ、シートベルトをするのを手伝ってから、父に言った。

「パパ、ちょっと待っていてね。戻る時間を看護師さんに言い忘れていたわ」

本当は、玄関で見送ってくれている看護師さんに、一言謝りたかったのだ。

「すみません、久しぶりの外出に気が立っているようで機嫌が悪くて。見学と昼食を済ませたら戻りますので、帰りは2時半頃になると思います」

車が動き出すと父は少し気分が変わったように見えた。

「空がもう秋の色だな」

久しぶりのドライブが楽しいのか、目に入るファミレスやガソリンスタンドなどを指差し、子どものようにはしゃぎ始めた。
「帰りにあそこで、ランチするか?」

と言ったかと思ったら、運転席側に顔を突き出して、ガソリンの残量を見て言った。

「帰りにあのスタンドで、ガソリンを入れたほうがいいな」

私は残量のメモリが1か2になるまで給油しないので、つれない返事をした。

「いや、まだあるからいいよ」

父は2年前まで自分で車を運転していた時の習慣を思い出したようだ。

「早めに入れておくのが危機管理というものだ。何事もギリギリはよくない」

極めて真っ当な考えだと思うが、私には私のお金のやりくりがあるから、適当に相槌を打つだけにしておいた。

見学する老人ホームまであと300メートルの地点で、好きな焼き肉屋のチェーン店があるのを見つけた父は突然上機嫌になった。

「帰りはあそこで、焼き肉を食べよう!」

「パパ、いきなり脂っこいものを食べて大丈夫なの?」

「あぁ、俺は肉食系なんだ。肉を食べると健康で長生きするっていうけど、あれは俺のことだな」

オーマイ・ダッド! 体調が良くなったら、いきなり健康自慢ですか。

元気を取り戻したのは喜ばしいが、ホームに入居してから健康自慢をしたら、他の人に嫌われてしまうのではないかと、先行きが心配になってくる。