島の持つ価値

原生の生態系をそのまま残しているという点で、この島は他に代えがたい高い価値を持っている。このため、島全体が天然記念物に指定されている。また、環境省によって原生自然環境保全地域にも指定されている。

天然記念物はまだしも、原生自然環境保全地域というのはあまり聞いたことがないかもしれない。

これは、人の影響を受けることなく特に優れた原生自然環境を維持している場所を指定するものだ。これまでに指定された地域は、南硫黄島の他に4ヶ所ある。屋久島、大井川源流部、十勝川源流部、そして遠音別岳(おんねべつだけ)だ。

確かにこれらの4つの地域も、伐採などの影響を受けていない貴重な自然の残る場所だ。しかし、この4ヶ所は全て人が住む場所と陸続きになっている。そうなると、どうがんばっても人の影響が及んでしまう。

たとえば、最近の本州や北海道ではシカが増えて、多くの植物が食べられて問題視されている。シカはこれまでの歴史の中でも、人間の影響によって増えたり減ったりしている。旺盛な植食者であるシカの個体数が大きく変化すれば、当然のことながら生態系にも影響が出る。

シカだけでない。日本では多くの野生動物が人間の影響を受けている。生態系の頂点に立つべきニホンオオカミは20世紀初頭の記録を最後に絶滅してしまった。大型の雑食者であるクマの個体数や分布も変化している。屋久島では人間が持ち込んだタヌキやイヌ、ネコ、ヤギなどが野生化している。

哺乳類は体が大きく他の生物に対する影響が大きいため、増えても減っても生態系に大きな影響を与える。

このため、たとえ木の伐採が行われていない地域でも、人間の影響によって哺乳類の種類や数が変化すれば、生態系は原生状態ではいられないはずだ。もちろん哺乳類に限らず、多くの野生動物で同様のことが言えるだろう。

一方で、南硫黄島ではこれまでに外来哺乳類が野生化していないし、生態系に影響を与えるような大型の脊椎動物の絶滅も知られていない。このため、この島は日本国内で最も原生な自然が保たれた場所となっている。

これこそがこの島の持つ最大の価値だ。

※本稿は、『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)の一部を再編集したものです。


無人島、研究と冒険、半分半分。』(著:川上和人/東京書籍)

絶海の孤島、南硫黄島。本州から南に1200kmの場所にあり、その開闢以来人類が2度しか登頂したことのない、原生の生態系が残る奇跡の島である。

本書は、その島に特別なミッションを受けて挑む研究者たち(主に鳥類学者)の姿を、臨場感あふれる筆致で描く冒険小説であるとともに、進化や生態についての研究成果報告書でもある。