「ことのはの魔術師」

それから十年余、平安時代史の研究の中で、著者は劇的な二首の歌に出会いました。

『謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年』(著:榎村寛之/中公新書)

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物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる

(こんなに恋しいと、沢の蛍も私の体から離れてあの人の所に飛んでいく魂に思えるの)

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この「あくがれいづる」という言葉が特にツボに来ました。

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暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月

(暗い人生を更に暗いものにしていきそうな私です。月よ遠くから見守っていてください)

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こちらの歌は煩悩(暗き道)からの解脱(山の端の月は仏の教えのこと)を願って詠まれたものですが、人生を一幅の絵のように語る言葉がとても美しいのです。

もちろんどちらも和泉式部の歌です。まさに「ことのはの魔術師」!

和泉式部は、越前守大江雅致の娘とされます。父が元式部丞だったので「式部」と呼ばれた(これは紫式部と同じ)ようです。

大江氏といえば学者系の五位クラスの貴族で、赤染衛門の夫の大江匡衡も同族です。

しかし和泉式部がようやく『光る君へ』に登場するのに対して、赤染衛門(凰稀かなめさん)は早くから出ていました。なおこの二人、もともとは別の派閥だったのです。