「大木さんは悪い人じゃねえが、押しに弱いんですよ。私らを祭から追い出したのも、警察や区の役人に言われて逆らえなかったんです」
「神社が中国人に買われてしまうかもしれませんね」
「阿岐本さんはそれを阻止しようとなさっておられるわけだ」
「はい」
 阿岐本は言った。「実は、これから大木さんや原磯に会いにいこうと思っているのですが……」
「そこには、高森も来るんでしょうね」
「そういうことになると思います」
 すると、多嘉原会長の表情に変化があった。
 それまでは厳しい表情をしていたのだが、すとんと力が抜けたように見えた。表情が柔和になった。すっと気配がなくなったように感じられる。
 見た目は穏やかになったのだが、なぜか凄みを増したようだ。
 そうか。多嘉原会長は覚悟を決められたのだ。日村はそう気づいた。
 本当に命のやり取りをする覚悟を決めると、人はこうなるものらしい。若い頃さんざん修羅場をくぐってきた日村も初めて見た。
 多嘉原会長が言った。
「私もお供してよろしいでしょうか」
 永神も多嘉原会長の覚悟を感じ取ったのだろう。はっと阿岐本の顔を見た。
 阿岐本はおもむろにうなずいた。
「お断りするわけにも参りますまい。他ならぬ駒吉神社の話ですから」
 俺も腹をくくらねば……。日村はそう思っていた。
 だが、兵隊の話はいつするのだろう。まだ、戦いの陣容については何も話し合っていない。
 日村がそんなことを考えていると、阿岐本が言った。
「おい、誠司」
 日村は慌てて返事をした。
「あ、はい」
「大木さんはどうしてなさるかな?」
「こちらからの連絡をお待ちだと思います」
「なら、電話しな。大木さんがお出になったら代わってくれ」
「はい。では失礼して、ここで掛けさせていただきます」
 日村は立ち上がり、応接セットを離れると、大木に電話をした。