初の全国大会という舞台
何より楽しかったのは、5年生になってからは少しずつ試合に出る機会も増えたことだ。
基本をみっちり叩き込む練習で、少しずついろいろなことができるようになるのも楽しかったけれど、その成果を発揮できる試合はさらに何倍も楽しい。
4年生のときはユニフォームをもらってベンチ入りするだけだった僕も、5年生になると前衛の真ん中、日本代表ならばミドルブロッカーと呼ばれる、当時は「センター」と呼ばれたポジションに入るようになった。
バレーボールには6人制と9人制があって、僕が小学生から始めて今も続けているのは6人制。
コート内に同時に入れるのは6人で、その中でリベロという守備専門で、交代の回 数が限られていないポジションを含めた7人がレギュラーとしてスタートする。
リベロを除く6人、ミドルブロッカー(センター)、アウトサイドヒッター(サイド)、セッターは守備位置に入る順番にサーブを打ち、時計周りに順番に回ることをバレーボール用語では「ローテーション」という。
中学校や高校、日本代表でもローテーションは当たり前で、それぞれによって強いところや弱いところがあって、どう駆け引きするかも楽しみ方の1つだ。
でも、唯一の例外が小学生だ。
順番にサーブを打つのは同じだけれど、サーブを打ったあとに必ずみんな、固定されたポジションにつく。
つまり、必ず同じポジションだけを担う。
たとえば、僕の場合は前衛の真ん中に入るセンターだったので、サーブを打ったら大急ぎで走って前衛へ。
そこでブロックに跳んだり、ボールがつながればそこからスパイクを打つのが仕事で、当時は少し高めのトスを打ったり、速いトスを打ったりするのが僕の役割だった。
初めて全国大会に出た4年生のときはベスト8まで進んだけれど、愛知県はもともとバレーボールが盛んで、僕たち以外にも強いチームはたくさんある。
愛知県大会を勝つのも簡単なことではなく、実際に5年生のときは愛知県大会の決勝で負けてしまい、全国大会に出場できなかった。
ユニフォームを着て、レギュラーとしてプレーした全国大会は、小学校6年生のときが最初で最後だった。
※本稿は『頂を目指して』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
『頂を目指して』(著:石川祐希/徳間書店)
この夏、パリの舞台で、世界の頂へ挑む石川祐希の初の自叙伝。
18歳で代表デビューを果たして以来、10年かけて名実ともに世界に誇る日本のエースに成長したバレーボーラーの石川祐希。
高校時代から日本のトップを走ってきたが、国際舞台では悔しい想いも味わってきた。
本書は石川が、選手として、人として、これまでの人生の喜怒哀楽を初めて綴った自叙伝。
バレーボールとの出会い、中学時代の試行錯誤、イタリアでの武者修行、オリンピックの舞台、日本代表キャプテン就任。
これらのターニングポイントを縦軸に、心の在り方、体のケアやリラックス方法、家族、仲間への想いを横軸にして、今・過去・未来を綴っている。