しわ寄せは労働者に行き着く

サービス産業は製造業に比べて生産性が低く、持続的な経済成長を牽引する力が弱い。顧客満足のジレンマもまた、サービス経済化のもとでの持続的な経済成長を難しくする方向に作用する。そして現実に、ポストバブルの時代にあって、サービス経済化の進む日本経済は、長期経済停滞に陥ってきた。

顧客満足の追求それ自体は、財やサービスの購入における利便性を大きく向上させ、快適な暮らしをもたらしたと言えよう。

しかし、顧客満足の追求と生産性の上昇というトレードオフの関係からの脱却を、労働コストの切り下げに求めたり、より安価な製品をグローバルな商品調達を通じて求めたりすれば、その消費者と同じ人間である労働者の雇用や賃金に悪影響を及ぼす。

顧客満足のしわ寄せが労働者に行き着くとすれば、労働組合の役割が重要になる。しかし、雇用の多様化が進むなかで、パート・アルバイトなど非正規の労働者は組合から排除されやすい。

その点、ニトリの労働組合は1993年に結成され、当初から「パートアルバイト社員」も同一組合に加入し(『月刊ゼンセン』1993年12月)、その賃上げに成果をあげてきた(労働政策研究・研修機構『賃金引き上げに関する最新の動向や調査事例等』2023年)。特筆されるべき例外と言えよう。

あるいは正規雇用労働者に関しても、企業別組合のもとに編成されている限り、顧客満足のジレンマを相対化することは難しい。

たとえばヤマト運輸の労働組合は1990年代後半に、「お客様」が正月営業を希望しているとして、率先して会社側に年末年始営業の開始を提案したことが知られている(小倉1999)。

 

参考文献:
嶋口充輝(1994)『顧客満足型マーケティングの構図――新しい企業成長の論理を求めて』有斐閣
小野譲司(2008)「顧客満足に関する5つの質問――ソリューション、価値共創、顧客リレーションシップはなにを示唆するか」『マーケティングジャーナル』27巻3号
佐藤正弘(2005)「ずらしゆくイノベーション――顧客満足のジレンマからの脱却を目指して」『商学研究論集』22号
宮崎昭(2011)「顧客満足の外部不経済」『立命館経済学』59巻6号
小倉昌男(1999)『小倉昌男 経営学』日経BP社

 

※本稿は、『消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(中公新書)の一部を再編集したものです。


消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(著:満薗 勇/中央公論新社)

応援消費やカスハラなど、消費者をめぐるニュースが増えている。本書は、消費革命をもたらした1960年代から、安定成長期やバブル、そして長期経済停滞までを消費者の視点で描く。生産性向上運動、ダイエー・松下戦争、堤清二とセゾングループのビジョン、セブン‐イレブンの衝撃、お客様相談室の誕生などを通し、日本経済の歩みとともに変貌していく消費者と社会を描き出す。