生やさしい問題ではないことだけは確か
かつて、シチリアにある古代遺跡のモザイクがドイツ人の観光客によって壊されるという事件が起こった時、地元の人は「蛮族の来襲による破壊」という表現を使っていた。
確かに古代ローマ文明は蛮族によって滅ぼされたが、それを未だに継続中の事象と捉えている彼らの解釈も決して大袈裟ではない。
観光客であろうとなかろうと、自由と解放を許された人間のメンタリティというものは、時にそうした非文明的で野蛮な側面を見せるということも忘れてはならない。
観光客には二重価格を導入したり、治安が悪くなったりすれば観光地としての人気もいくらか下がるだろうけれど、意図して仕込めることではない。
オーバーツーリズムへの対策もそれなりにあれこれ考えられてはいるようだが、国立公園の中にリゾートホテルをいくつも建てたところで解決するような、生やさしい問題ではないことだけは確かである。
『歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)
パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!