9月17日の『徹子の部屋』に宮川大助さん、花子さんが登場。多発性骨髄腫で6年前から闘病中の花子さんを、大助さんは“看護男子”を名乗り献身的に介護している。目標は2年後の金婚式だという。夫婦の二人三脚をインタビューした中西正男さんの記事を再配信します。
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2019年から多発性骨髄腫で闘病生活を送る宮川花子さん(69)と夫の宮川大助さん(74)。今年から花子さんは車いすで、大助さんもイスに腰を掛けて話す新しい漫才のスタイルを展開しています。互いに大きな病気を経験し、先月には二人の共著「なにわ介護男子」も上梓。今感じる夫婦の意味、そして、見据える今後とは。一言一言噛みしめるように、思いを言葉に置き換えていきました。(取材・文・撮影◎中西正男)
大助君は、介護で言うたら100点。金メダル
花子:大助君の一日は私の導尿から始まって、最後、導尿で一日が終わるんです。
病院にいる時は看護師さんがやってくださっていたことを、退院後、誰がやるんやと。そうなった時に、大助君がすぐさま「僕がやります」と言ってくれました。そして、今に至るまで見事にやってくれています。介護で言うたら100点。金メダルです。
毎朝「今日は何を食べる?」と鼻歌混じりに楽しく聞いてくれて、全部用意してくれます。私のベッドから見える庭のエリアに、季節の花も植えてくれています。
今ね、本当に思うんです。「夫婦って大事やな。夫婦で良かったな。まじめなダンナで良かったな」と。ただただ、そう思います。今回、本も出させてもらったんですけど、ホンマに正真正銘の介護男子です。
大助:ウチの夫婦はね、漫才をするまではケンカなんてしたことなかったんです。でも、漫才に引き込んだばかりに嫁に迷惑を掛けてきました。
互いに大きな病気もしましたし、そうやって大きな岐路に立った時、離婚の話も何回もでました。1988年、嫁はんが胃がんになった時にも「私と別れて、元気な人と漫才をして」と離婚届を渡されましたしね。そんなことがある度に、いつも出てくるのがウチの親の言葉なんです。
もう50年近く前になりますけど、結婚して夫婦で漫才をやろうと思った時に、僕の鳥取の実家に行ったんです。そこで親から言われました。
「遺言やと思って聞いてくれ。芸人さんは芸に力を注ぐ中で離婚という結論に至ることもあると聞く。ただ、もし漫才のために家庭がダメになりそうだったら、その時は漫才を辞めて、嫁と子どもを取って。家を大事に、親子を大事にして」
それを胸に刻みながら、何とか家も、漫才も、続けてきました。そしてね、今、漫才をすること。舞台に立つこと。この意味がまた変わってきてるんですよね。